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東京地方裁判所 昭和44年(ソ)18号 決定 1970年6月08日

抗告人(原審申立人) 小沢敏彦

相手方(原審相手方) 本田久子

主文

一、原決定を次のとおり変更する。

抗告人(一審申立人)相手方間の東京簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一四四号借地協定調停事件の調停調書の執行力ある正本に基づき抗告人(一審申立人)が相手方に対してした強制執行(東京地方裁判所昭和四二年(執ロ)第九号家屋明渡強制執行事件)につき相手方の負担すべき費用額を別紙<省略>計算書のとおり金八二、四九七円と確定する。

二、抗告人のその余の抗告を棄却する。

三、一審における申立費用金八八〇円(別紙明細書参照)および抗告費用中金七、〇五七円五〇銭(別紙明細書参照)はいずれも相手方の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

一、抗告人は、原決定中抗告人の申立を排斥した部分(家屋明渡執行人夫賃中金七二、〇〇〇円、債権者立会(二回分)日当および旅費金九二〇円)を取り消し、これらの費用を執行費用額として確定する旨および抗告費用を相手方の負担とする旨の裁判を求めその理由として、次のとおり述べた。

抗告人は、表記当事者間の東京地方裁判所昭和四二年(執ロ)第九号家屋明渡強制執行事件の強制執行(以下本件執行という。)に要した費用につき東京簡易裁判所に費用額確定の裁判を求めたところ(同裁判所昭和四四年(サ調)第一一五号)、同裁判所は、申立にかかる費用中、昭和四二年二月一一日家屋明渡執行人夫賃金八〇、〇〇〇円については、そのうち人夫四人分の賃金として金八、〇〇〇円を認めたのみで、その余の金七二、〇〇〇円についてはこれを認めず、また債権者立会日当および旅費金九二〇円についても申立人の申立を排斥し、これを本件執行費用として確定することを拒否した。しかし、右裁判は、次の理由により不当である。

(一)  前記家屋明渡人夫賃金八〇、〇〇〇円は、本件執行に際し、別紙物件目録記載の執行目的家屋から相手方所有の動産類を搬出するにつき使用された人夫八名に対して抗告人が現実に支払つた報酬金であるところ、およそ民事訴訟法第五五四条第一項にいわゆる必要な執行費用とは、執行のために現実に支出を余儀なくされた費用と解すべきであるから、本件執行において、抗告人が右使用人夫賃として金八〇、〇〇〇円を現実に支出した以上、右支出額はすべて同条にいう必要な執行費用として確定せらるべきものであり、仮りに同条にいう必要な執行費用が必ずしも現実に出捐された額のすべてを含むものでなく、そのうちの相当額に限られるとしても、右人夫賃金八〇、〇〇〇円は、現在の家屋明渡執行の実情に照らし、本件執行におけるそれとしては決して不当に高額なものではなく、執行に必要不可欠なる範囲の費用というべきである。しかるに原審は、何ら格別の根拠を示すことなく、単に本件執行については人夫四人をもつて必要かつ十分とし、かつ、その報酬も一人当り金二、〇〇〇円を社会通念上相当とする旨判示するのみで、これを超える出捐額について必要な執行費用と認めるのを拒否したが、これは全く根拠なき独断であつて明らかに不当である。

(二)  債権者執行立会日当および旅費金九二〇円も、当然、本件執行費用として確定さるべきものであるところ、原裁判所は、債権者は任意の履行を受ける場合でも、通常の場合当然目的家屋所在地に出頭しなければならないことを理由にこれを排斥したが、債権者はほんらい立会義務がないのに、抗告人は執行官より要求せられてやむを得ず立ち会つたもので、任意に立ち会つたものではないから、かかる場合の立会の旅費および日当は、当然執行費用に包含せらるべきもので、これを計上しなかつた原決定は不当である。

よつて原決定の変更を求めるため本件抗告に及ぶ。

二、相手方代理人は、反論として、次のとおり述べた。

(一)  およそ執行費用なるものは、当該執行手続において取り立てるべきものであつて、民事訴訟法第一〇〇条以下の規定の適用または準用により費用額確定の方法によつてこれを取り立てることは、現行法の認めるところではないと解すべきである。何となれば、右民事訴訟法上の訴訟費用額確定の手続は、ほんらい本案の訴訟手続に関与し、その内容・経験を知悉している裁判所が、当事者の提出した攻撃防禦方法に基づいて右手続における当事者の出捐費用の要否ならびにこれをいずれの負担とするを相当とするかを判断して費用の負担を命じ、その命じられた負担費用の内容についても、その事件の第一審受訴裁判所において訴訟記録に基づきその内容明細を確認し得ることを前提としているものであり、さればこそ同法第一〇〇条第二項の規定は、費用額の認定資料として疎明をもつて足りるものとし、かつ、右疎明に必要な書面の提出を要求しているにとどめていると考えられるのである。

しかるに、強制執行手続は、執行債権者が一方的に追行する手続で、債務者は全くこれに関与せず、またこれを実施する機関も債務名義の成立に関与した裁判機関とは全然別個の執行機関で、これが右債務名義の成立手続とは別個独立に行なうのであり、前者の裁判機関は、これに全然関与せず、記録その他によつてその内容を知る機会も手段も有していないから、右執行手続に必要であつた費用の範囲、数額等を確認するに由なく、従つて、右裁判機関による執行費用額の確定というが如きは、法の全く予想ぜさるところといわざるを得ないからである。かかる費用については、当該執行手続を行なつた執行機関のみがその内容と必要性を認識、判断し得るのであつて、民事訴訟法第五五四条が強制執行に必要な費用は強制執行を受ける請求と同時にこれを取り立てるべきものとしているのも、専ら右趣旨に出たものというべく、従つて執行費用は、右執行機関のみが当該執行手続内においてのみその額を認定し、かつ、これを取り立てうるものと解すべきである。それ故、抗告人の本件執行費用額確定の申立は不適法である。

(二)  本件執行は、執行停止中の執行手続について、右停止事由が消滅したものとして突然に続行の申立がなされ、相手方に対して任意履行の催告をすることもなく、また相手方にこれが準備の時間、猶予を与えることなく、相手方の延期要請を無視して強行されたものであるから、一種の権利濫用にあたる違法不当な執行であり、少なくとも、抗告人の主張するごとき高額の人夫賃のごときものは、相手方が任意に履行する場合は当然に不要に帰すべき出費であるから、かかる費用を執行に必要な費用として相手方に負担せしめるのは不当である。

(三)  仮に以上のいずれもが理由なきものとしても、執行手続が上記のように債権者の一方的関与の下で強行される手続であることにかんがみ、これが必要費用なるものの範囲の認定は厳格であることを要し、その認定資料についても、後記のように法の認める書面のみに限らるべく、またその証明力の判定も厳格慎重でなければならないところ、抗告人提出の領収証の証明力が極めて低いことは原決定の指摘するとおりであり、抗告人が果して右金額の支払いをなしたかどうかも疑わしく、また人夫賃なるものの内容明細も不明確であつて、右金額を必要費用とするにはまつたく疎明不十分といわざるをえず、たかだか原決定の認める金八〇、〇〇〇円をもつて一応必要費用の最高限と認めるのが相当である。

(四)  債権者執行立会日当および旅費金九二〇円については、本件の如き家屋明渡について通常債権者は、任意の履行を受ける場合でも、その目的家屋の所在場所に出頭しなければならないのであるから、右費用を債務者に負担せしめることが許されないことは、原決定の指摘するとおりであつて、原決定にはなんらの違法はない。

三、抗告人は、証拠として、甲第一号証から第一〇号証までを提出し、証人佐藤正一および同佐川豊治郎の各尋問を求め、相手方の異議に対し、相手方は自らも在廷しない相手方本人尋問を申し出ながら、その後の期日でこれを撤回し、抗告人の申し出た証人尋問に異議を述べるもので、かかる異議は不当であると述べた。

相手方代理人は、甲第二、第五、第九各号証の原本の存在および成立、甲第六号証の成立をそれぞれ認め、右甲第六号証を利益に援用し、甲第一号証は原本の存在は認めるが成立は不知、甲第三、第四、第七、第八、第一〇各号証は、いずれも原本の存在、成立は不知であると述べ、なお証人尋問に対する異議として、執行費用額確定手続につき仮に民事訴訟法第一〇〇条以下の規定の適用ないし準用があるとしても、その審理は疎明手続によるものとせられ、かつ、口頭弁論を開いて審理することも認められていないから、右手続における事実認定の資料は専ら即時に取り調べることのできる書証のみに限らるべく、人証による疎明は一切許されないものと解されるから、抗告人の申し出にかかる証人尋問は許さるべきでない、と述べた。

理由

一、相手方の主張(一)について。

相手方は、強制執行の費用については、民事訴訟法第一〇〇条以下の規定に定める訴訟費用額の確定手続によることができないから、抗告人の右費用額確定の申立は不適法である旨主張するが、相手方は、右申立に基づいて費用額の確定をした原決定に対し、即時抗告ないしは附帯抗告等による不服申立をしていないので、相手方の右主張に対して特に判断を示す必要はないと考えられる。しかし、もし相手方主張のとおりだとすれば、原決定には職権で調査すべき事項につき法律違背があることとなり、当裁判所としては相手方の不服の有無にかかわらず、職権で原決定を取り消さなければならない筋合であるから、一応この点に関する当裁判所の見解を明らかにしておく。

強制執行の費用については、民事訴訟法第五五四条に、「強制執行の費用は必要なりし部分に限り債務者の負担に帰す此費用は強制執行を受くる請求と同時に之を取立つ可し」との規定があり、これによれば、執行費用の負担について特段の裁判を必要としない反面、その強制取立は、相手方の主張するように、本案の請求権と同時に当該執行手続内においてのみなしうるものとされているようにみえないでもない。しかし、このように解すると、当然債務者の負担すべき執行費用を取り立てることができなくなる場合が少なからず予想されるのであつて、さればこそ一般には、上記規定は単に本案の請求に関する債務名義のみに基づき、他に格別の債務名義を要せず執行費用の強制取立ができる簡便な方法を認めたにとどまり、債権者がこれによることができなかつた場合、ないしはこれによらなかつた場合に別の方法で費用を取り立てることを排除する趣旨ではなく、その方法としては、執行費用もまた広義の訴訟費用に属することにかんがみ、民事訴訟法第一編総則の規定が適用せられ、同法第一〇〇条以下の規定により、執行費用額確定の裁判を得てこれを執行することができるものと解されており、当裁判所もこの解釈を相当と考える。相手方は、右費用額確定の裁判は、当事者双方が関与する訴訟手続内において費用負担の裁判が先行的になされていることを前提とするものであるのに、強制執行手続は、債権者の一方的な関与追行の下に、全く別個の執行機関が行うもので、訴訟費用の負担の場合のように、その費用の要否や内容を知りうる裁判機関が存在しないから、この場合に費用額確定の裁判手続を認める合理的根拠を欠き、かかる場合には訴の方法によつてのみその内容、数額の確定を求めうるものと主張するが、執行費用の負担については、前述のように執行に必要な費用である限り債務者の負担に帰すべき旨が法定せられており、どの範囲の費用が右にいう執行に必要な費用に含まれるかの点のみが問題とせられるにすぎず、しかも執行手続は定型化せられているので、一般的にはその費用もおのずから一定し、特に当事者に攻撃防禦の方法を儘さしめたうえ判断を下さなければならない必要もないから、法がこの場合に費用額確定の裁判という簡易手続を排除して、一般の請求と同じく訴の方法によつてその確定と取立をなすべきものとしているとはとうてい考えることはできない。もつとも、右のごとく費用額確定の手続によりうるとの解釈をとつた場合、執行費用についてはその負担を定める手続が先行していない関係上、上記法条にいう第一審の受訴裁判所にあたる機関が何かについて疑問を生じ、あるいは当該執行手続を行なつた執行機関をこれにあたるものとし、あるいは常に執行裁判所が費用額確定の裁判をなすべきものとし、あるいは本案請求にかかる事件の第一審受訴裁判所(またはこれに相当する裁判所)、これなきときは右請求につき第一審として管轄権を有すべき裁判所が管轄裁判所となるとする等見解がわかれているが、第一の解釈は執行官が執行機関である場合には適切でなく、また第二の解釈も、必ずしも当該執行手続の実施機関でもなく、また本案の請求の審判手続とも何の関係もない執行裁判所を常に第一審受訴裁判所に当るものとして執行費用額確定裁判の管轄裁判所とすることの理論的根拠が薄弱で、いささか便宜的にすぎる解釈というべく、結局以上の諸点ならびに執行費用もまた本案請求権の実現のための費用の一部であること等から考えて、最後の解釈が最も妥当であると考える。そうすると、本件執行の債務名義である調停調書の成立した東京簡易裁判所が右執行費用額確定の裁判の管轄裁判所となるから、原審が抗告人の申立に基づいて費用額確定の裁判をしたことは相当であつて、なんらの違法はない。

二、抗告理由(一)について。

本件執行記録ならびに原本の存在に争いがなく、証人佐川豊治郎の証言によりその成立を認めうる甲第一号証(領収証)、成立に争いのない同第六号証、同証人および証人佐藤正一の各証言を綜合すれば、次の事実を認めることができる。(相手方は、費用額確定の裁判手続においては、手続記録以外の資料による認定は、即時取り調べることのできる書証による疎明によつてのみ可能であり、証人尋問等人証によることは許されない旨異議を述べているが、右費用額確定の手続においては、一般の決定手続の場合と同じく、口頭弁論を開き、または開かないで決定することができ、その証拠方法についても、これを書証のみに限ると解すべき特段の理由はない。もつとも、法は、右費用額の確定につき費用の存否およびその数額を認定するには疎明によるべき旨定めており、一般に法がこのように疎明によるべきことを定めている場合には、事実の存否につき証明の場合ほどの証明度を必要としない反面、その認定資料としては、いわゆる即時取り調べることのできる証拠方法のみを利用することが許され、人証については、在延証人等の尋問のごとく、証拠調のために別に期日を指定してこれを呼び出したうえ証拠調を実施する等さらに特段の行為、手続をなす必要のない場合は別として、一般にはこれを利用することが許されないとされているので、本件のごとき非在延証人の尋問は一見不適法であるようにみえないではない。しかしながら、法が一般に疎明方法につき右のごとき制限を加えた趣旨は、例えば保全手続のごとく、簡易または迅速な裁判による権利保護を与える必要があるか、またはこれを相当とする場合につき、一方において事実に関する必要証明度を軽減する反面、その証明手段としては、迅速容易に証拠調をなしうる証拠方法のみを利用しうることとした点にあると考えられるから、右趣旨が妥当する手続においては上記制限は厳格に遵守せらるべきものであるが、法が疎明によることを認めたすべての場合がこれに該当すると解することは必ずしも妥当ではなく、一方において疎明による簡易迅速な審理手続を認めるとともに、他方これにより難い事情がある場合に通常の証明による審理手続をとることを必ずしも排除する趣旨ではないと考えられる場合もありうるのであつて、本件訴訟費用額確定の裁判手続のごときものにあつては、それが費用償還請求権の満足を得る特別の手段として法が設けた特別の手続であり、この場合疎明手続によつてのみ費用額確定の裁判を求めることができるとすれば、これにより難い場合にはかえつて債権者が当然に有する権利の実現を阻害する可能性もないではないこと、そうかといつてすでに負担の定まつている費用について単にその内容と数額を確定するにすぎないものについて訴の方法によらなければならないとすることも上記法の趣旨に適合しないことを考えると、法がこの場合に疎明によることを定めたのは、単に疎明手続による簡易な裁判方法を認めたというにすぎず、これにより難い事情がある場合に通常の証明手続によつて費用の必要性やその数額を明らかにすることをことさらに排除する趣旨に出たものと解することは妥当でないというべきである。そうだとすれば、本件において、抗告人がその出捐した費用についてそれが執行のために必要であつたことを証明するために証人尋問を求めた場合には、その必要性が認められる限りこれを許してしかるべく、この場合右人証の取調については、相手方に立会、反証提出の機会を与える限り、必ずしも口頭弁論を開かなければならない必要もないと考えるので、この点に関する相手方の異議は採用しない。)

(イ)  昭和四二年二月一一日に行われた本件執行に際し、執行対象家屋から屋内にある執行債務者たる相手方の有体動産類を搬出するにあたつては、執行債権者たる抗告人が申立外佐川豊治郎に依頼して八名の人夫の提供を受け、執行機関である東京地方裁判所執行官職務代行者に執行補助者として提供し、同代行者においてこれらの人夫を使用して前記執行行為を行い、抗告人はその直後前記申立外人に右人夫賃として金八〇、〇〇〇円を支払つたこと。

(ロ)  一般に東京地方裁判所所属執行官による家屋明渡の執行においては、屋内動産類の屋外搬出等の格別の労務を必要とする場合には、執行官自身がかかる労務を行う補助者を用意することなく、執行官の明示または黙示の要求により執行債権者が所要の労務者(人夫)を調達、提供し、執行官がこれらの者を執行補助者として使用して右執行行為を行うのが多年の慣行であり、この場合、右人夫に対する報酬も、執行官を経由しないで執行債権者から直接支払われるのが常態であること。

(ハ)  しかして右人夫の調達については、これが請負を業とする業者があつて、この者が執行債権者の依頼に応じてその支配下にある専門の人夫を所要の数だけ派遣提供しておりこのようなルートを経由することなくしては実際上迅速有効な執行が行われ難い実情にあること。

(ニ)  右使用人夫の報酬については、人夫の数に応じ一人当り日当いくらの割合で計算して業者に支払われる場合と仕事全体に対していくらというように請負金額をきめてこれに支払われる場合があり、前者の場合には、人夫の熟練度に応じて一日金五、〇〇〇円から一〇、〇〇〇円、後者の場合には、対象物件の坪当り金七、〇〇〇円から一五、〇〇〇円の範囲内できめられるが、その具体的な金額は、両者の場合を通じ、執行対象家屋の所在場所、面積、執行に要する時間、執行の難易等の事情を勘案してどの程度の熟練度を有する人夫を何人ぐらい必要とするかを推定して執行債権者と業者の間の合意で定められるのが通常であり、本件執行においても、対象家屋部分が新橋界隈の繁華街にあり、短時間内に執行を完了する必要があること、右家屋部分が飲食店として使用せられ、業務用の動産類が相当数あることが推定されること、その他右家屋部分の面積(約一〇坪)等を考慮して、結局約八名程度の相当熟練した人夫を必要とするとの判断の下に全部の請負金額を金八〇、〇〇〇円とすることに抗告人と前記申立外人の間で合意が成立し、前記のとおり実行されたものであること。

このように認めることができ、他にこれを動かすに足る証拠はない。

思うに、本件執行のごとき家屋明渡執行にあたり動産類搬出のため別に執行補助者を必要とする場合には、執行官みずからが所要の労務者を用意しないまでも、執行債権者の提供する人夫を雇い入れてあらかじめ予納せしめた執行費用の中から相当賃金を支払う方法が望ましく、法の期待するところもまたここにあると考えられるが、仮にこのような方法がとられず、執行官は単に債権者の提供した人夫を使つて執行行為を実施するだけで、その人夫に対する報酬も債権者から執行官を経由することなく直接当該人夫または人夫提供者に支払われるやり方がなされた場合でも、これを目して違法となすことができないのは勿論、右支払人夫賃を執行のために債権者が支出した費用となすに妨げなく、しかも右の場合債権者が執行官を通ずることなく直接人夫等にこれを支払つたことの故をもつてこれを執行費用として請求することを放棄したものと解することもできないから、右出捐は、客観的にみて相当と認められる範囲において執行費用として債務者の負担に帰せしめることができるものと解するのが相当である。しかして本件執行において抗告人が支払つた前記人夫賃は、一般に単純労務に対する報酬としては著しく高額であるが、前記認定のごときこの種執行における執行補助労務者提供の実態とそれを必然ならしめる社会的要因に照らせば、この種人夫に対する報酬額がおのずから一般の労務賃金に比較して高額とならざるをえないことは容易に推認せられるところであり、これを防止するために必要な法律上ないしは行政上の措置が講ぜられず、専ら上記の方法によることなくしてはこの種の執行の迅速有効な実施が行われ難い現状にかんがみるときは、右の慣行的基準に照らしても現実の出費が不当かつ不必要に多額であるとか、当該場合に特により安価に執行補助者の調達が可能であつた等の特別の事情がうかがわれない限り、これを執行に必要な費用として容認するほかはないと考える。しかして本件においては、右のごとき特段の事情も見当らないから、結局抗告人が支払つた前記金八〇、〇〇〇円は、全部本件執行に必要な費用として計上せらるべきであり、これと異なる見解に出た原決定は、この限度において変更を免れない。なお相手方は、本件執行は抗告人の権利濫用ともいうべき執行であるから、これに要した費用は執行に必要な費用に当らない旨主張するけれども、本件執行の場合抗告人が相手方の執行猶予の要請を容れず即時執行を続行したからといつて直ちにこれを不当ないしは違法な執行とすることはできないし、その他右執行をもつて権利濫用ないしは不必要な執行となすべき特段の事由は本件記録からうかがわれないから、右主張は理由がない。

三、抗告理由(二)について。

右抗告理由の理由なきことは、原決定の判示するとおりであるから、ここにこれを引用する。「抗告人は、執行債権者としてはほんらい本件執行に立ち会う義務がないのに、執行官職務代行者の要求により立会いを余儀なくされたのであるから、そのための旅費および日当は当然執行費用となる旨主張するけれども、家屋明渡執行は執行官が対象家屋に対する債務者の占有を解いて債権者に引き渡すことによつてなされるものであり、右引渡を受けるために債権者(またはその代理人)が出頭しなければ執行を完了することができないのであるから、債権者の出頭の必要があることは当然であるとともに、右の出頭は、家屋引渡という債務の履行を受領するため債権者のなすべき協力行為であつて、執行手続そのものの一環をなす行為でないことは原決定の指摘するとおりであるから、右出頭のための旅費および日当はいかなる意味においても執行費用を構成しない。よつて、抗告人の右抗告は、理由がない。

以上の次第で、本件抗告は一部理由があるからこれを認容し、その限度において原決定の一部を変更すべく、その余は理由なきものとして棄却すべきである。なお、原決定は、一般実務慣行に従い本件執行費用額確定決定申立費用をもほんらいの執行費用とあわせて確定額の中に掲げているが、右は申立費用として別にその額を定めてその負担を命ずるのが相当と考えるので、その趣旨に形式を改めることとし、右費用はその額を一部修正したうえこれを相手方の負担とし、また抗告費用は、別紙明細書記載の限度において相手方の負担とし、その余は各自の負担とすることを相当と認め、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条、第九〇条、第九二条の各規定に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村治朗 小俣義夫 松岡靖光)

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